創立記念日にあたって(平成18年度 創立記念式典 挨拶)
2006/6
当社はあさっての5月14日に57回目の創立記念日を迎えます。しかし現代という時代が昭和24年の創立時とは大きく異なる時代であることは言うまでもありません。殊にこの20年近くの間に我々が経験してきたことは、過去に例のないものであったと思います。それは一言で言えば経済のグローバリゼイションということです。我々建設業は最初は少しずつしかその影響を受けなかったのですが、気がついてみたらいつのまにかグローバリゼイションの大波にどっぷりと呑みこまれていました。
今からふりかえって考えてみればそれは当然のことだったのですが、我々のお客様がグローバル化の波に洗われているのに、我々建設業だけがその波から逃れられる訳はそもそもなかったのです。にもかかわらずなかなか我々はそのことに気がつくことができませんでした。その大きな理由の一つが公共事業の存在です。公共事業という最も非グローバルな市場で長い間利益を出せた為、我々は経済のグローバル化をひとごと他人事として考えていたことは否めません。
しかし我々が聖域として考えてきたこの公共事業市場も、今年になって一年前には誰も予想できなかったほどの激変を遂げました。公共事業市場で今起っていることは、正にこの市場では起る筈のなかったグローバリゼイションそのものと言えます。公共事業市場とは一般の民間市場と異なり、買い手に生き残りの為の競争が課せられていない特殊な市場です。このような買い手独占の特殊な市場である公共事業がグローバル化されれば、その帰結は売り手間のダンピング競争でしか有り得ないのは当然のことです。もはや我々は今までのように公共事業に頼ることはできません。我々が生き残って行く為には、民間のグローバル市場で成功を治めるしか無いことがはっきりしたのです。
民間市場の買い手は自らもグローバル市場で生存をかけた厳しい競争をしています。正にこの理由によってのみ、民間市場はグローバル化されたからと言って、必ずしも価格だけのダンピング競争市場にはならない可能性を持ちます。何故なら買い手は買い手自身の競争に打ち勝つ為に、彼らの生き残りにとって最も合理的な手段を提供する売り手を選択するに違いないからです。この時価格すなわちコストは彼らの合理的な生き残りにとって一つのファクターであるにすぎません。
例えばある商品の価格が恐ろしく高くとも、それが買い手の生き残りにとって重要な価値を持っているのならば、その選択が買い手にとって最も合理的である場合も当然あり得ます。一般的に買い手は、「価格とそれが実現している買い手にとっての価値」の最適な組み合わせを持った商品を常に選択しようとするでしょう。ここで何が「最適な組み合わせ」であるのかは、彼らの生存を賭した主観が決定することです。従ってもし売り手が買い手の直面している生存競争や、その結果生まれてくる彼のアイデンティティーというものをありありと想像することができるならば、売り手は何が買い手にとって「価格と価値」の最適な組み合わせであるかを知り得るし、またそのような商品を開発し得るのです。
建設業においても同様です。我々は元来建設コストの専門家です。ですからどんなに複雑な建設物でも少々の時間があればそのコストがどれだけかかるかを正確に知ることができます。しかしこのコストが実現している建設物がお客様の生き残りにとってどのような意味や価値を持っているのかを、我々は我々元来の知識から知ることはできないのです。それを知る為にはやはりお客様の直面する生存競争を、できるだけお客様の立場に立ってありありと想像することでお客様のアイデンティティーに迫って行く他ありません。そうすることによって初めて我々はお客様の生き残りに最も適した「コストと価値の組み合わせ」が何であるかを知ることが可能になります。
我が社が会社全体としてそのような想像力を持とうとするならば、私達一人一人が他者とのアイデンティティーの差異について敏感であるような企業文化を是非育てて行く必要があります。しかしこれは従来の企業経営において、実はあまり重視されてこなかったことです。何故ならば従来の経営の発想では、企業が顧客とのアイデンティティーの差異に必ずしも正面から向き合わなくとも、自らのアイデンティティーと信ずるもの、言い代えれば自分が正しいと信ずる理念に頼ることで商品の差別化は充分に可能であると考えられてきたからです。
そうであれば会社全体がその正しいと信ずるアイデンティティーあるいは理念にベクトルを一つに合わせ、一人一人の社員にもその為の規範や規律を求める方が、経営としては効率が良いことになります。その場合私達一人一人が他者とのアイデンティティーの差異に敏感であるような企業文化は、このベクトルへの結集を妨げるものとしてむしろ敬遠されてきたとさえ言えるでしょう。しかしIT革命が引き起こした社会の高度情報化は、このような企業のアイデンティティーや理念のあり方に疑問符をつきつけたと思います。
現代のグローバリゼイションをもたらした高度情報化社会は、今まで資本力のある企業に集中していた様々な情報や知識を一気に世界中の消費者やライバル企業にまで拡散してしまいました。しかしこれらの情報や知識の独占あるいは寡占こそ、実はかつて企業が商品を差別化する際の原動力であったもので、企業の利益の源泉でもあったのです。つまりこれまで企業と顧客との間、あるいは企業とライバル企業との間には厳然とした情報格差があり、これこそ企業が顧客のアイデンティティーに必ずしも正面から向き合わなくとも、商品の差別化を可能にした根本的な理由だったのであり、理念やアイデンティティーがその根本の理由であった訳ではないのです。ところが20世紀末に生まれた高度情報化社会はそのような情報格差をかつてのようには簡単に作らせもしないし、またそれが一旦出来たとしても容易に長続きをさせません。
このような事態となって私達は初めて、顧客のアイデンティティーにダイレクトに向き合う必要に晒されたと言えます。高度情報化社会においても私達と顧客との間に最後まで残る差異とは、情報格差に基く情報や知識の差異ではなく、それぞれのアイデンティティーそのものの差異に他ならないからです。顧客とのアイデンティティーの差異に私達が深く下降し沈潜してみることで、初めて私達のアイデンティティーも顧客に対して独自のものとなり、それは商品の差別化を可能にするものともなり得るのです。このようなことを高度情報化社会は明らかにしたと思います。そうであれば我々がこれから目指し作って行かなければならない企業文化も、かつてのようなものであってはならない筈です。
異質な他者の持つ差異は確かに私達を途惑わせたりムッとさせることもある訳ですが、それは大抵の場合私達本来の自己に何か欠けているものがあることを私達に告げるシグナルです。そんなことは知りたくないから他者に対して無関心になる、というのはエゴイズムの観点からみれば大変分りやすい理屈ですが、そのようにしていては私達が生きのびて行く為のアイデンティティーを確立することは出来ません。その意味でグローバリゼイションとは私達がエゴイストであっては生き残れない時代と定義できるかもしれません。このような時代を難儀な時代と感じるか、それとも人生において他者との掛け替えの無い関係を一つでも多く作れる良い時代と感じるかは我々次第なのです。
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